2008年05月05日 (月) | 編集 |
僕が足しげく足尾銅山に通っていた1990年代、
町の人々からは
「“足尾病”にかかったな。」
などと冗談で言われることがよくありました。
“足尾病”と言っても、公害病でもなんでもありません。
足尾銅山を訪れた人が、足尾の不思議な魅力・魔力に取り憑かれて、
何度も何度も頻繁に通うようになることを「足尾病」と言うのです。

僕のよく通っていた1990年代に、「足尾病」と言われたのは、
公害で緑を失った禿げ山を背景にした精錬所や鉱山施設の廃墟を、
銅山のいにしえの栄枯盛衰の物語に浸って散策に熱中する人たちでした。

それも時代とともに、
人々の足尾銅山を訪れる目的も変わってきています。
近年、'90年代には痛々しく寂しいばかりであった禿げ山に、
たくさんの人々が毎年集まってきます。
公害の原点の負の遺産である禿げ山から環境問題を学び、
自らの手で木を植え育て森を取り戻してゆこうとする人々です。
4月26,27日に、「足尾に緑を育てる会」の春の植樹会では、
合計1500人の人々が木を植えに訪れました。
自らボランティアとして志願し、
大変険しい急斜面を蟻のように列をなして植樹地へ向かう人々。
毎年見られるその禿げ山の中の大行列は
まるで「足尾詣で」と言いたくなる風景です。
僕はその光景から、誰かが言っていた
「足尾は環境問題の聖地だ」という言葉を思い出します。
「足尾病」と言われるぐらい、足尾に熱中する人々。
こうやって毎年汗を流し木を植え、それを喜びとする人々もその仲間なんだろうな。
足尾銅山は、それほど人の心に訴える不思議な場所なのです。
・・・などとシャッターを切りながら感慨にふけっていました。

2008.4.27
足尾に緑を育てる会 春の植樹会
Camera EBONY45SVti CanonEOS5D
町の人々からは
「“足尾病”にかかったな。」
などと冗談で言われることがよくありました。
“足尾病”と言っても、公害病でもなんでもありません。
足尾銅山を訪れた人が、足尾の不思議な魅力・魔力に取り憑かれて、
何度も何度も頻繁に通うようになることを「足尾病」と言うのです。

僕のよく通っていた1990年代に、「足尾病」と言われたのは、
公害で緑を失った禿げ山を背景にした精錬所や鉱山施設の廃墟を、
銅山のいにしえの栄枯盛衰の物語に浸って散策に熱中する人たちでした。

それも時代とともに、
人々の足尾銅山を訪れる目的も変わってきています。
近年、'90年代には痛々しく寂しいばかりであった禿げ山に、
たくさんの人々が毎年集まってきます。
公害の原点の負の遺産である禿げ山から環境問題を学び、
自らの手で木を植え育て森を取り戻してゆこうとする人々です。
4月26,27日に、「足尾に緑を育てる会」の春の植樹会では、
合計1500人の人々が木を植えに訪れました。
自らボランティアとして志願し、
大変険しい急斜面を蟻のように列をなして植樹地へ向かう人々。
毎年見られるその禿げ山の中の大行列は
まるで「足尾詣で」と言いたくなる風景です。
僕はその光景から、誰かが言っていた
「足尾は環境問題の聖地だ」という言葉を思い出します。
「足尾病」と言われるぐらい、足尾に熱中する人々。
こうやって毎年汗を流し木を植え、それを喜びとする人々もその仲間なんだろうな。
足尾銅山は、それほど人の心に訴える不思議な場所なのです。
・・・などとシャッターを切りながら感慨にふけっていました。

2008.4.27
足尾に緑を育てる会 春の植樹会
Camera EBONY45SVti CanonEOS5D
2007年11月18日 (日) | 編集 |

「何だか夢のようだ・・・。
まさか紅葉が楽しめるなんて。」
上の紅葉の写真は、それを取り巻く背景を知らなければ、
ありきたりの風景として片付けられてしまうかもしれません。
でもここが、「10年前は草木の生えない死の山」だったと知ったらどうでしょう?

そう、ここは公害の原点、足尾銅山。
写真の木々は、工場の亜硫酸ガスの煙害で森を失い、生態系の死に絶えた山を、
市民たちが10年前より集まって植林を続けてきたところのものなのです。
この市民の植林地の周囲には、まだまだ禿げ山が残っています。
下の写真の山肌の上方は、公害による荒廃地。まだ手つかずのまま広がっています。
下方は市民が育てた木々が生える山です。
そのなんとまあ表情が違うことでしょう。

11月11日は、植林地の秋の観察会。
朝から雨で、皆は色とりどりのカラフルなレインコートを着て集まりましたが、
木々はそれに負けないぐらい、なかなか鮮やかな紅葉ぶりです。

初年度から今年までに植えた木々の成長を、
会長の神山英昭さんの先導で、眺めて歩きました。
途中、雨が止み、辺りに日が射し始めました。
すると、森を殺した煙を吐いた精錬所を背景にして、
雨粒をいっぱい滴らせた木々たちが、キラキラと輝きました。

僕は観察会の翌日、一人遠方から植林地を眺めてみました。
色付いた木々を遠く眺めているうちに、
毎年毎年、みんなが苦労して試行錯誤を繰り返し、
そして緑が増えるたびに皆の会話が弾み、笑顔になってゆくのを思い出していました。
10年前、市民が集まり植林を始めた時は、
国の公共事業でやっている植林でも困難を極めているのに、
素人が集まってやっても難しいんじゃないか・・・
と言われていました。
足尾の禿げ山は、表土が流れ去って地層がむき出しになり、
そのうえ酸性化していて、植物にとってはあまりにも過酷な土地なのです。

「ひょっとしたら植えた木は枯れてしまうかもしれない。
でも、みんなの心に木を植えるつもりで頑張ろう。」
最初は、そのように「成果」より「気持ち」優先でした。
でも年を重ねるごとに、その気持ちに共感してくれる人々が、
どんどん、どんどん、集まって来るようになったのです。
参加者はやがて遠方からも多く駆けつけるようになり、
たくさんの苗木や腐葉土が寄付されるようになりました。
また営林署の技術指導、国土交通省の植林地の整備、環境保護団体の合流・・・
ほんとうにいろんな人を巻き込みました。
近年、とうとう植林の参加者は、1000人を超えるようになりました。

春の植樹会では、植林地が急斜面で苗木や客土を一人一人が歩いて運ぶのが困難なため、平地から植林地まで皆が一列になって、バケツリレーならぬ「苗木リレー」をやりました。
最初僕は記録係として、そのみんなの様子を撮影していましたが、いつのまにかカメラを置いて、苗木リレーの列に割り入って汗をかいていました。
そんなこんなを思い出しながら、
「よく色づいてくれた。
この紅葉は、木々からの、みんなの努力へのご褒美かな。」
なんて思ったりして。
そしてまた植林地に戻り、
幾つかの落ち葉を拾って持ち帰ったのでした。

たった10年で「緑が蘇った」なんて、まだまだ決して言えないでしょう。
失われた自然を取り戻すのは、そんなに容易ではありません。
100年後、200年後に蘇っているかもしれない森の「はじまり」を今、みんなはつくっているのです。
2007.11.11 足尾銅山 photo:masayoshi ishii
*上の葉っぱは全て足尾銅山の市民の植樹地「大畑沢」のものです。
*植林の主催は「足尾に緑を育てる会」です。
*落ち葉写真:上から コナラ、メグスリノキ、ハナミズキ
2007年11月09日 (金) | 編集 |
公害で失われた森に、市民が本格的な植林を始めて11年。
足尾銅山の山肌には、どれだけ緑が蘇っているでしょうか?
11月11日の日曜日、植林した木々の観察会が開かれます。
今まで参加されたことのない方でも、自由に参加できます。

(写真:2007年春の植樹会の風景)
只今ユネスコ世界遺産に登録申請中の足尾銅山。
10年前はただただ過疎の寂しい町と痛々しい禿げ山が
広がるばかりであったこの地が、
世界遺産の申請にまで盛り上がることができたのも、
この市民らの森の再生の活動があったからこそなのです。
貴重な体験をしに、ぜひ足尾銅山の植樹イベントに
訪れてみてはいかがですか?
以下が詳細のチラシです。
(主催:NPO法人 足尾に緑を育てる会)
初期に植えた木々は、もう背丈をゆうに越えるほど大きくなって、
きっと鮮やかな紅葉を見せてくれることでしょう。

足尾銅山の山肌には、どれだけ緑が蘇っているでしょうか?
11月11日の日曜日、植林した木々の観察会が開かれます。
今まで参加されたことのない方でも、自由に参加できます。

(写真:2007年春の植樹会の風景)
只今ユネスコ世界遺産に登録申請中の足尾銅山。
10年前はただただ過疎の寂しい町と痛々しい禿げ山が
広がるばかりであったこの地が、
世界遺産の申請にまで盛り上がることができたのも、
この市民らの森の再生の活動があったからこそなのです。
貴重な体験をしに、ぜひ足尾銅山の植樹イベントに
訪れてみてはいかがですか?
以下が詳細のチラシです。
(主催:NPO法人 足尾に緑を育てる会)
初期に植えた木々は、もう背丈をゆうに越えるほど大きくなって、
きっと鮮やかな紅葉を見せてくれることでしょう。

2007年04月24日 (火) | 編集 |
「足尾に緑を!渡良瀬川に清流を!」
足尾銅山の植樹会が4/21,22に行われました。
「足尾に緑を育てる会」主催の、
市民ボランティアによる春の植樹会です。
今年で12年目を迎えます。
植樹地は、てっぺんにわずかに木が生えるだけで、あとは石ころの転がるガレ場にわずかに草が生えるだけ。
そこを上の方まで登って(登るだけで大変なのに!)木を植えました。

クリックで拡大!!
足尾の禿げ山は、公共事業で膨大な労力を費やし、
現在ではその7割が緑化されたそうです。
それでも荒廃の激しい場所は緑化が難しく、
岩石のむき出しの山肌もまだまだ目立ちます。
下の2枚の写真は、今年の植樹地の周囲で見られた、
公共事業で続けられている治山・緑化の風景です。
足尾の荒廃地の山肌の、初期の治山の風景は
まるで地球の「サイボーグ」化を見ているようです。

地球の長い歴史の中でつくられてゆくはずの風土や生態系の機能を、
人間が代わりにつくってゆくのです。
まず土が流亡しないよう土留めをし、雨で水が暴れないように沢をつくります。
こうやって人間がガチガチに人工物をつくらなければ、
植物を失った山肌はどんどん歯止めなく崩れてゆくばかりで、
もう自然の再生力は何も残されていないのです。

クリック大画面!!
人工的に山肌を固めた後、今度は生命をそこに固定させる作業です。
上の写真の黒い横しまは、その生命を発生させる装置です。
写真をクリックして拡大してみてください。
黒い横しまは、「植生袋」という植物の種と養土が詰められた土嚢が並べられたものです。
足尾の山肌は、自然の力では植物が根付かず、
このように人間が、自然が再生するきっかけを
まず最初に作ってやらねばならないのです。
この小さな植生袋を、足場の悪い急斜面に、
人力で丹念に一つ一つ並べてゆきます。
この気の遠くなるような地道な土木作業が
100年以上もの間、続けられてきました。
こんな過酷な場所で、12年前にスタートしたこの市民ボランティアの植林活動。
素人である市民ボランティアが足尾で緑を根付かせようというのは、
ホントに大変で、過酷なチャレンジなのです。
足尾の緑の本当の再生は、決して一世代ではなし得ないもの。
初期の活動では中高年ばかりだったのが、
近年では若者らの姿が目立つようになったことは、とっても頼もしいことです。
彼ら(僕ら)の森の再生への願いが
遠い未来に叶うことを祈るばかりです。

photo:masayoshi ishii
2007.4.21
足尾銅山の植樹会が4/21,22に行われました。
「足尾に緑を育てる会」主催の、
市民ボランティアによる春の植樹会です。
今年で12年目を迎えます。
植樹地は、てっぺんにわずかに木が生えるだけで、あとは石ころの転がるガレ場にわずかに草が生えるだけ。
そこを上の方まで登って(登るだけで大変なのに!)木を植えました。

クリックで拡大!!
足尾の禿げ山は、公共事業で膨大な労力を費やし、
現在ではその7割が緑化されたそうです。
それでも荒廃の激しい場所は緑化が難しく、
岩石のむき出しの山肌もまだまだ目立ちます。
下の2枚の写真は、今年の植樹地の周囲で見られた、
公共事業で続けられている治山・緑化の風景です。
足尾の荒廃地の山肌の、初期の治山の風景は
まるで地球の「サイボーグ」化を見ているようです。

地球の長い歴史の中でつくられてゆくはずの風土や生態系の機能を、
人間が代わりにつくってゆくのです。
まず土が流亡しないよう土留めをし、雨で水が暴れないように沢をつくります。
こうやって人間がガチガチに人工物をつくらなければ、
植物を失った山肌はどんどん歯止めなく崩れてゆくばかりで、
もう自然の再生力は何も残されていないのです。

クリック大画面!!
人工的に山肌を固めた後、今度は生命をそこに固定させる作業です。
上の写真の黒い横しまは、その生命を発生させる装置です。
写真をクリックして拡大してみてください。
黒い横しまは、「植生袋」という植物の種と養土が詰められた土嚢が並べられたものです。
足尾の山肌は、自然の力では植物が根付かず、
このように人間が、自然が再生するきっかけを
まず最初に作ってやらねばならないのです。
この小さな植生袋を、足場の悪い急斜面に、
人力で丹念に一つ一つ並べてゆきます。
この気の遠くなるような地道な土木作業が
100年以上もの間、続けられてきました。
こんな過酷な場所で、12年前にスタートしたこの市民ボランティアの植林活動。
素人である市民ボランティアが足尾で緑を根付かせようというのは、
ホントに大変で、過酷なチャレンジなのです。
足尾の緑の本当の再生は、決して一世代ではなし得ないもの。
初期の活動では中高年ばかりだったのが、
近年では若者らの姿が目立つようになったことは、とっても頼もしいことです。
彼ら(僕ら)の森の再生への願いが
遠い未来に叶うことを祈るばかりです。

photo:masayoshi ishii
2007.4.21
2007年04月20日 (金) | 編集 |
明日、明後日(4/21、22)は
「公害の原点」と呼ばれる足尾銅山で、ボランティア(自由参加)による植林があります。
足尾銅山は現在は閉山していますが、操業時に銅の精錬により排出される亜硫酸ガスが森の生命を奪い、現在でも殺伐とした広大な禿げ山が広がっています。
そこに渡良瀬川流域の市民らが「公害の原点である足尾に木を植えることによって環境問題を考えよう」と始めたのが、この植林です。
今年で12年目を迎え、皆の共感を呼び、参加者も1000人を超えるようになりました。
環境保護団体の他、親子連れ、クラスメイト、または個人でなど参加は自由です。
皆気ままに各自のスタイルで参加しています。
ご興味のある方はぜひ参加されてみてはいかがでしょうか。
実際に環境の破壊された風景の中に立ち、そこに木を植えるというプロセスは、
すごいインパクトがあり、環境についていろいろ考えるきっかけにもなります。
早春のわたらせ渓谷鐵道も、とっても気持ちがいいですよ。
植林の後の散策には、足尾町内では「小滝の里」がお勧めです。
禿げ山と対照的な豊かな森には、所々に銅山の史跡が眠っていたりして、
ちょっとミステリアスでそそられます。
くわしくは下記をどうぞ!
足尾に緑を育てる会HP http://www.ashio-midori.com/

写真:公害で緑を失い木の根だけが残る山肌。photo:m.ishii
「公害の原点」と呼ばれる足尾銅山で、ボランティア(自由参加)による植林があります。
足尾銅山は現在は閉山していますが、操業時に銅の精錬により排出される亜硫酸ガスが森の生命を奪い、現在でも殺伐とした広大な禿げ山が広がっています。
そこに渡良瀬川流域の市民らが「公害の原点である足尾に木を植えることによって環境問題を考えよう」と始めたのが、この植林です。
今年で12年目を迎え、皆の共感を呼び、参加者も1000人を超えるようになりました。
環境保護団体の他、親子連れ、クラスメイト、または個人でなど参加は自由です。
皆気ままに各自のスタイルで参加しています。
ご興味のある方はぜひ参加されてみてはいかがでしょうか。
実際に環境の破壊された風景の中に立ち、そこに木を植えるというプロセスは、
すごいインパクトがあり、環境についていろいろ考えるきっかけにもなります。
早春のわたらせ渓谷鐵道も、とっても気持ちがいいですよ。
植林の後の散策には、足尾町内では「小滝の里」がお勧めです。
禿げ山と対照的な豊かな森には、所々に銅山の史跡が眠っていたりして、
ちょっとミステリアスでそそられます。
くわしくは下記をどうぞ!
足尾に緑を育てる会HP http://www.ashio-midori.com/

写真:公害で緑を失い木の根だけが残る山肌。photo:m.ishii
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