2006年12月26日 (火) | 編集 |
僕は、可愛らしい老婦人によって礼拝堂の中に導かれた。
礼拝堂の天井を見上げた。その美しさといったら・・・
淡い優しい色彩の天井画、白や金色に輝く彫像たち。

おばあさんの指差す方向に振り向くと、そこには大きく美しく、堂々としたブルックナーオルガンが・・・
それらの全ては薄明るい自然光に包まれて、生き生きと輝いて見えた。

「わぁ・・・」
僕は、もう子供のようにただただ感嘆の声を上げ、それらを仰いだ。
おばあさんは、オルガンのパイプは、席の後ろの大きなものだけでなく、祭壇のすぐ左右の高いところにもあり、その3カ所から出る音で、礼拝堂全体が反響するのだと説明してくれた。(言葉がわからないのに、不思議と内容が分かった)
おばあさんは、低音用の巨大なパイプを指差し、
「ヴォーーーッ、ウ゛ォーーーーッ」その音を口で再現しようとする。
細い体にか細い声で「ウ゛ォ−−−ッ」と、一生懸命低い声を出す。
でも全然低くないのが、とっても可愛いのであった。
今度はおばあさんは、天井に向かって、
「ホーーッ、ホーーッ」と声を響かせる。
とてもよく響くことを僕に教えてくれているのだ。
その声の優しくふくよかな残響が、礼拝堂全体を包んだ。
僕は嬉しくて思わず笑った。その笑い声も優しく響いた。
おばあさんは、笑顔で自分の太ももをさすりながら「今日はとっても寒いから気をつけて!」というようなことをいい、
「アウフ ヴィーダーシェーエン(さようなら)」
と何度も言いながら、そして何度も振り向きながら、帰って行った。
ドイツ語のできない僕は
「親切にありがとう。とっても助かりました。」
「おばあちゃんも、体に気をつけてね。元気でね!」
などと、いろいろ感謝の言葉を伝えたかったのに、ただただ
「ダンケシェーン!ダンケシェーン!(ありがとう)」
と、一生懸命繰り返すことしか出来なかった。
もっと感謝を伝えたかったのに・・・
言葉の出来ない悔しさと、お婆さんに対する申し訳なさが残った。
つづく
写真1:祭壇の左右にもオルガンのパイプがあり、奏でられる音楽は立体的に礼拝堂を包み込む。
写真2;ブルックナーオルガン。この真下の床下にブルックナーが眠っている。
次はブルックナーオルガンのショートコンサート体験記です!
2006.11.5 St.Florian Linz Austria
Canon EOS5D
TS-E24mmF3.5

礼拝堂の天井を見上げた。その美しさといったら・・・
淡い優しい色彩の天井画、白や金色に輝く彫像たち。

おばあさんの指差す方向に振り向くと、そこには大きく美しく、堂々としたブルックナーオルガンが・・・
それらの全ては薄明るい自然光に包まれて、生き生きと輝いて見えた。

「わぁ・・・」
僕は、もう子供のようにただただ感嘆の声を上げ、それらを仰いだ。
おばあさんは、オルガンのパイプは、席の後ろの大きなものだけでなく、祭壇のすぐ左右の高いところにもあり、その3カ所から出る音で、礼拝堂全体が反響するのだと説明してくれた。(言葉がわからないのに、不思議と内容が分かった)
おばあさんは、低音用の巨大なパイプを指差し、
「ヴォーーーッ、ウ゛ォーーーーッ」その音を口で再現しようとする。
細い体にか細い声で「ウ゛ォ−−−ッ」と、一生懸命低い声を出す。
でも全然低くないのが、とっても可愛いのであった。
今度はおばあさんは、天井に向かって、
「ホーーッ、ホーーッ」と声を響かせる。
とてもよく響くことを僕に教えてくれているのだ。
その声の優しくふくよかな残響が、礼拝堂全体を包んだ。
僕は嬉しくて思わず笑った。その笑い声も優しく響いた。
おばあさんは、笑顔で自分の太ももをさすりながら「今日はとっても寒いから気をつけて!」というようなことをいい、
「アウフ ヴィーダーシェーエン(さようなら)」
と何度も言いながら、そして何度も振り向きながら、帰って行った。
ドイツ語のできない僕は
「親切にありがとう。とっても助かりました。」
「おばあちゃんも、体に気をつけてね。元気でね!」
などと、いろいろ感謝の言葉を伝えたかったのに、ただただ
「ダンケシェーン!ダンケシェーン!(ありがとう)」
と、一生懸命繰り返すことしか出来なかった。
もっと感謝を伝えたかったのに・・・
言葉の出来ない悔しさと、お婆さんに対する申し訳なさが残った。
つづく
写真1:祭壇の左右にもオルガンのパイプがあり、奏でられる音楽は立体的に礼拝堂を包み込む。
写真2;ブルックナーオルガン。この真下の床下にブルックナーが眠っている。
次はブルックナーオルガンのショートコンサート体験記です!
2006.11.5 St.Florian Linz Austria
Canon EOS5D
TS-E24mmF3.5

2006年12月18日 (月) | 編集 |
嵐のような強い風と冷たい雨にさらされながら、
僕は礼拝堂の扉の前にたどり着いた。
厚く、重く、大きな扉をゆっくり押し、開けた。
そこは人工照明が一切消された、薄暗い空間。
天窓からは弱々しくも柔らかく優しい自然光が降り注いでいる。
入ったところは、礼拝堂の席のさらに後ろの場所。祭壇とは反対の身廊(中央の廊下)の突き当たりだ。
そこは礼拝堂の吹き抜けの空間とは柵で仕切られていて、それより中には入れない。
暗闇に慣れない眼を凝らして柵の向こう側を眺めると、
そこには柔らかい光に包まれた、荘厳な祭壇があった。

その祭壇からまっすぐ伸びた身廊の、柵のこちら側の突き当たりの床には、
人の背丈程の長方形の石のプレートが埋め込まれていて、
そこには「ANTON BRUCKNER (アントン・ブルックナー)」の名が刻まれていた。
ああ、やっと会えた・・・
この石のプレートの下には小部屋があって、ブルックナーの棺が納められているのだ。
僕は自然とひざまずき、彼の名の刻まれたプレートに手を当て、しばらく眼を閉じた。
拝んだり黙祷したりという柄ではないが、
この場所の記憶を少しでも心に刻んでおきたかったのだ。
誰もいない教会。しんと静まり返っている。
不思議なのが、その石の床を「冷たい」と感じた記憶が、今思い返しても無いことだ。
そうしていると、背中に人の気配が・・・。
振り返ると、そこにはロングコートにスカーフを巻いた、
身なりの清楚で品の良い、小柄なおばあさんがいつの間にか立っていた。
「グリュース・ゴット(こんにちは)」笑顔で挨拶を交わす。
僕は立ち上がり、わずかに知っているドイツ語のフレーズを使って、
「イッヒ リーベ ブルックナー(私はブルックナーを愛してます)」と一言。
この一言が、僕がドイツ語を話せると思い込ませてしまったらしい!
それからおばあさんは、止まること無くしゃべり出したのであった。
僕が「I can not speak German!!」と言っても、通じない。
でも全く言葉は分からないのに、ジェスチャや指す指の方向で、
何について話しているのか、何となく分かる。
おばあさんは、この教会について解説してくれているのだ。
それからおばあさんは、「礼拝堂の中に入って見てみなさい」というようなことを言い、手招きをする。それについてゆくと、礼拝堂と僕のいた場所を隔てていた柵には一カ所だけ扉があって、そこから礼拝堂の中の大空間に入ることが出来るようになっているのであった。
このおばあさんに会わなければ、柵の中に入らずに帰ってしまうところだった...幸運。
僕はその小柄で可愛らしいおばあさんと並んで、礼拝堂の身廊(中央の廊下)を歩いた。
おばあさんはしゃべりつづける。
つづく・・・
(次はブルックナーオルガンの写真UPします)
撮影日:2006.11.5
オーストリア リンツ ザンクト・フローリアン修道院
St.Florian Linz Austria
CANON EOS5D
EF50mmF1.4

僕は礼拝堂の扉の前にたどり着いた。
厚く、重く、大きな扉をゆっくり押し、開けた。
そこは人工照明が一切消された、薄暗い空間。
天窓からは弱々しくも柔らかく優しい自然光が降り注いでいる。
入ったところは、礼拝堂の席のさらに後ろの場所。祭壇とは反対の身廊(中央の廊下)の突き当たりだ。
そこは礼拝堂の吹き抜けの空間とは柵で仕切られていて、それより中には入れない。
暗闇に慣れない眼を凝らして柵の向こう側を眺めると、
そこには柔らかい光に包まれた、荘厳な祭壇があった。

その祭壇からまっすぐ伸びた身廊の、柵のこちら側の突き当たりの床には、
人の背丈程の長方形の石のプレートが埋め込まれていて、
そこには「ANTON BRUCKNER (アントン・ブルックナー)」の名が刻まれていた。
ああ、やっと会えた・・・
この石のプレートの下には小部屋があって、ブルックナーの棺が納められているのだ。
僕は自然とひざまずき、彼の名の刻まれたプレートに手を当て、しばらく眼を閉じた。
拝んだり黙祷したりという柄ではないが、
この場所の記憶を少しでも心に刻んでおきたかったのだ。
誰もいない教会。しんと静まり返っている。
不思議なのが、その石の床を「冷たい」と感じた記憶が、今思い返しても無いことだ。
そうしていると、背中に人の気配が・・・。
振り返ると、そこにはロングコートにスカーフを巻いた、
身なりの清楚で品の良い、小柄なおばあさんがいつの間にか立っていた。
「グリュース・ゴット(こんにちは)」笑顔で挨拶を交わす。
僕は立ち上がり、わずかに知っているドイツ語のフレーズを使って、
「イッヒ リーベ ブルックナー(私はブルックナーを愛してます)」と一言。
この一言が、僕がドイツ語を話せると思い込ませてしまったらしい!
それからおばあさんは、止まること無くしゃべり出したのであった。
僕が「I can not speak German!!」と言っても、通じない。
でも全く言葉は分からないのに、ジェスチャや指す指の方向で、
何について話しているのか、何となく分かる。
おばあさんは、この教会について解説してくれているのだ。
それからおばあさんは、「礼拝堂の中に入って見てみなさい」というようなことを言い、手招きをする。それについてゆくと、礼拝堂と僕のいた場所を隔てていた柵には一カ所だけ扉があって、そこから礼拝堂の中の大空間に入ることが出来るようになっているのであった。
このおばあさんに会わなければ、柵の中に入らずに帰ってしまうところだった...幸運。
僕はその小柄で可愛らしいおばあさんと並んで、礼拝堂の身廊(中央の廊下)を歩いた。
おばあさんはしゃべりつづける。
つづく・・・
(次はブルックナーオルガンの写真UPします)
撮影日:2006.11.5
オーストリア リンツ ザンクト・フローリアン修道院
St.Florian Linz Austria
CANON EOS5D
EF50mmF1.4

2006年12月17日 (日) | 編集 |
毎年何度聴いても、その尊く神聖な響きは失われることは無い「きよしこの夜」。
クリスマスはもうすぐ。今年も街中いたるところで耳にすることだろう。
この曲はザルツブルグ郊外の小さな街で、神父さんが書いた詩に小学校の先生が曲をつけてギターの伴奏で歌われたのが、徐々に広まっていったのだという。
その「きよしこの夜」発祥の町「オーベルンドルフ」を訪ねてみた。
ザルツブルグは11月に入ってから、毎日のように雪が舞うようになり、少しづつ積もってゆく。朝はもう、とっても寒い。

(写真:朝のザルツブルグ,モーツァルトの住居近く)

(写真:ミラベル庭園の朝)
オーベルンドルフへは、ザルツブルグからローカル線で、森と牧場の農村風景の中を走ること30分。
「きよしこの夜」のつくられた時に建っていた教会は、すぐそばを流れるザルツァッハ川の氾濫で流されてしまい、現在は「きよしこの夜」礼拝堂(Stille Nacht Gedachtniskapelle)という小さくかわいらしい礼拝堂が建てられている。

(写真:きよしこの夜礼拝堂)

ガイドブックで見た写真から、古びた田舎町にぽつんと礼拝堂が一棟だけ佇んでいるのを勝手に想像していた。
だがいざ訪ねてみると、周りに博物館やお土産屋もあり、規模は小さいけれど観光地化されてる場所であった。
その背後には、有名になったこの町の知名度を求めて集まってきたのか、
セレブ層の今風で大きくて広い邸宅群が、小ぎれいで新しい街並をつくっていた。

(写真:礼拝堂の周囲には新しい建物も多い)
観光で訪れるなら、程よく静かで、お勧めの場所だ。
ちゃんとお土産も買えるし。
でも僕は「きよしこの夜」が生まれた当時の村の空気をもっと味わいたかった。
あの素朴で透明な曲は、どんな風景から生まれたのだろう...
礼拝堂の近くのザルツァッハ川の河原では、
昨夜に積もって落ち葉を閉じ込めていた雪が、溶けかかっていた。
冬はまだ早い。まだまだ落ち葉の季節だ。

オーベルンドルフからザルツブルグに帰る途中、気まぐれにローカル線を途中下車してみた。

そこは、ごく普通の農村。
なだらかに隆起する放牧場、果樹園、木造の家々。
辺りに人影は見当たらず、牛や羊が草を食べているばかり。


村の境界の道端の所々には立て札があって、この村の神父さんが写真付きで紹介されている。宗教とそれを中心とした共同体が今も生きているのだ。
古い家々の多くの窓には、奇麗に花が飾られている。

人っ気のない古い民家に、壁にくっついて樹が生えている。
何の樹かな?と近づくと、覚えのある甘い香り。
見上げると2つ、3つ洋梨がなっている。
樹の下には、洋梨の香りに包まれるベンチ。
このベンチで暖かい陽に包まれてうたた寝したら、気持ちいいだろうな・・・

「きよしこの夜」の生まれたオーベルンドルフの町も、
昔はこんなところだったのだろうか...
今は観光地化、ニュータウン化が進みつつあるけれど、
その昔の風景は、周囲の農村にこそ残されているのかもしれない・・・
と思いながら帰路についたのだった。
撮影:2006年11月3日 オーストリア oberndorf
photo:masayoshi ishii
Canon EOS5D
EF 50mm F1.4
EF 24mm F2.8 SHIFT

クリスマスはもうすぐ。今年も街中いたるところで耳にすることだろう。
この曲はザルツブルグ郊外の小さな街で、神父さんが書いた詩に小学校の先生が曲をつけてギターの伴奏で歌われたのが、徐々に広まっていったのだという。
その「きよしこの夜」発祥の町「オーベルンドルフ」を訪ねてみた。
ザルツブルグは11月に入ってから、毎日のように雪が舞うようになり、少しづつ積もってゆく。朝はもう、とっても寒い。

(写真:朝のザルツブルグ,モーツァルトの住居近く)

(写真:ミラベル庭園の朝)
オーベルンドルフへは、ザルツブルグからローカル線で、森と牧場の農村風景の中を走ること30分。
「きよしこの夜」のつくられた時に建っていた教会は、すぐそばを流れるザルツァッハ川の氾濫で流されてしまい、現在は「きよしこの夜」礼拝堂(Stille Nacht Gedachtniskapelle)という小さくかわいらしい礼拝堂が建てられている。

(写真:きよしこの夜礼拝堂)

ガイドブックで見た写真から、古びた田舎町にぽつんと礼拝堂が一棟だけ佇んでいるのを勝手に想像していた。
だがいざ訪ねてみると、周りに博物館やお土産屋もあり、規模は小さいけれど観光地化されてる場所であった。
その背後には、有名になったこの町の知名度を求めて集まってきたのか、
セレブ層の今風で大きくて広い邸宅群が、小ぎれいで新しい街並をつくっていた。

(写真:礼拝堂の周囲には新しい建物も多い)
観光で訪れるなら、程よく静かで、お勧めの場所だ。
ちゃんとお土産も買えるし。
でも僕は「きよしこの夜」が生まれた当時の村の空気をもっと味わいたかった。
あの素朴で透明な曲は、どんな風景から生まれたのだろう...
礼拝堂の近くのザルツァッハ川の河原では、
昨夜に積もって落ち葉を閉じ込めていた雪が、溶けかかっていた。
冬はまだ早い。まだまだ落ち葉の季節だ。

オーベルンドルフからザルツブルグに帰る途中、気まぐれにローカル線を途中下車してみた。

そこは、ごく普通の農村。
なだらかに隆起する放牧場、果樹園、木造の家々。
辺りに人影は見当たらず、牛や羊が草を食べているばかり。


村の境界の道端の所々には立て札があって、この村の神父さんが写真付きで紹介されている。宗教とそれを中心とした共同体が今も生きているのだ。
古い家々の多くの窓には、奇麗に花が飾られている。

人っ気のない古い民家に、壁にくっついて樹が生えている。
何の樹かな?と近づくと、覚えのある甘い香り。
見上げると2つ、3つ洋梨がなっている。
樹の下には、洋梨の香りに包まれるベンチ。
このベンチで暖かい陽に包まれてうたた寝したら、気持ちいいだろうな・・・

「きよしこの夜」の生まれたオーベルンドルフの町も、
昔はこんなところだったのだろうか...
今は観光地化、ニュータウン化が進みつつあるけれど、
その昔の風景は、周囲の農村にこそ残されているのかもしれない・・・
と思いながら帰路についたのだった。
撮影:2006年11月3日 オーストリア oberndorf
photo:masayoshi ishii
Canon EOS5D
EF 50mm F1.4
EF 24mm F2.8 SHIFT

2006年12月15日 (金) | 編集 |
水に浮く落ち葉は、まるで空を飛んでいるよう。

くっついたり、はなれたり、まわったり、休んだり・・・

色の無い冬が来る前に、落ち葉の絨毯を歩いておこう。

樹木たちの落ち葉のコーディネートも、もうすぐ見納めです。

撮影場所:調布市農業高校農場、深大寺自由広場
photo:M.Ishii
EOS5D EF50mmF1.4

くっついたり、はなれたり、まわったり、休んだり・・・

色の無い冬が来る前に、落ち葉の絨毯を歩いておこう。

樹木たちの落ち葉のコーディネートも、もうすぐ見納めです。

撮影場所:調布市農業高校農場、深大寺自由広場
photo:M.Ishii
EOS5D EF50mmF1.4
2006年12月13日 (水) | 編集 |
ザンクト・フローリアン修道院を歩く。
自分の人生を支えてくれているブルックナーがここにいる・・・
一週間前、ウィーン学友協会にてニコラウス・アーノンクールの指揮する交響曲第5番の熱演を聴いた感動が蘇り、胸は高鳴る。
ブルックナーは、このザンクト・フローリアン修道院の教会のパイプオルガンの奏者を勤めていた。
彼の死後、遺言に従ってこのパイプオルガンの下に彼は埋葬されたのだ。
そのオルガンはヨーロッパでも最大級の大きさに入る立派なもので、
現在は『ブルックナーオルガン』と呼ばれている。
僕はしかし、実はかなり落ち込んでもいた。
ガイドブックで下調べをした情報では、建物内部の見学はツアーに申し込まなければならないのだが、それが10月いっぱいで終わりだとのこと。
訪問したのは11月5日。せっかくブルックナーに会いにきたのに、彼の眠っている教会の礼拝堂に入れないかもしれない、ブルックナーオルガンも観れないかもしれない・・・
修道院の中庭を歩く。建物は装飾の控えた清楚な印象で、禁欲的な雰囲気さえする。

その中庭の片隅に、鋳物(?)のレリーフを施した柵があって、何かが囲われている。
網も張ってあって厳重に守られている。
歴史的に価値のあるものなのであろう。
その中は暗く、何が納められているのか結局分からなかったが、
この修道院にとってとても重要であるものに違いなかった。
柵のレリーフは何をあらわしているのだろう?
(どなたか分かる方がおりましたら教えてください)

ブルックナーの墓標の前に立てなくても、
せめて少しでも長くここに留まりたいと思った。
お土産屋を兼ねた案内所があった。
一か八か、その案内所の紳士に聞いてみることにした。
(以下英語)
僕「今日、ブルックナーオルガンを観ることが出来ますか??」
すると、
紳士「ああ。できますよ。この廊下をまっすぐ行ったところのドアを開ければ、そこがブルックナーオルガンのあるところですよ。」
僕「今日観れるんですか?!」
紳士「ああ、だいじょうぶですよ。行ってご覧なさい。」
僕「ありがとう!!」
紳士は終始穏やかに、親切に応えてくれた。
沈んでいた気持ちは一気に逆転上昇した。
ブルックナーに会える!!
***次回は教会礼拝堂の内部、ブルックナーオルガンの写真をアップしま〜す***
photo:M.Ishii
date:2006.11.5 St.Florian Linz Austria
Canon EOS5D
EF50mmF1.4
EF35mmF2
自分の人生を支えてくれているブルックナーがここにいる・・・
一週間前、ウィーン学友協会にてニコラウス・アーノンクールの指揮する交響曲第5番の熱演を聴いた感動が蘇り、胸は高鳴る。
ブルックナーは、このザンクト・フローリアン修道院の教会のパイプオルガンの奏者を勤めていた。
彼の死後、遺言に従ってこのパイプオルガンの下に彼は埋葬されたのだ。
そのオルガンはヨーロッパでも最大級の大きさに入る立派なもので、
現在は『ブルックナーオルガン』と呼ばれている。
僕はしかし、実はかなり落ち込んでもいた。
ガイドブックで下調べをした情報では、建物内部の見学はツアーに申し込まなければならないのだが、それが10月いっぱいで終わりだとのこと。
訪問したのは11月5日。せっかくブルックナーに会いにきたのに、彼の眠っている教会の礼拝堂に入れないかもしれない、ブルックナーオルガンも観れないかもしれない・・・
修道院の中庭を歩く。建物は装飾の控えた清楚な印象で、禁欲的な雰囲気さえする。

その中庭の片隅に、鋳物(?)のレリーフを施した柵があって、何かが囲われている。
網も張ってあって厳重に守られている。
歴史的に価値のあるものなのであろう。
その中は暗く、何が納められているのか結局分からなかったが、
この修道院にとってとても重要であるものに違いなかった。
柵のレリーフは何をあらわしているのだろう?
(どなたか分かる方がおりましたら教えてください)

ブルックナーの墓標の前に立てなくても、
せめて少しでも長くここに留まりたいと思った。
お土産屋を兼ねた案内所があった。
一か八か、その案内所の紳士に聞いてみることにした。
(以下英語)
僕「今日、ブルックナーオルガンを観ることが出来ますか??」
すると、
紳士「ああ。できますよ。この廊下をまっすぐ行ったところのドアを開ければ、そこがブルックナーオルガンのあるところですよ。」
僕「今日観れるんですか?!」
紳士「ああ、だいじょうぶですよ。行ってご覧なさい。」
僕「ありがとう!!」
紳士は終始穏やかに、親切に応えてくれた。
沈んでいた気持ちは一気に逆転上昇した。
ブルックナーに会える!!
***次回は教会礼拝堂の内部、ブルックナーオルガンの写真をアップしま〜す***
photo:M.Ishii
date:2006.11.5 St.Florian Linz Austria
Canon EOS5D
EF50mmF1.4
EF35mmF2
2006年12月12日 (火) | 編集 |

アントン・ブルックナーに会いに「ザンクト・フローリアン修道院」へ行きました。
ここはウィーンから特急で1時間半程の、オーストリア第三の都市リンツ。
そのリンツの駅から2時間に1本運行するバスで30分程走った田舎町にこの修道院はあります。

礼拝堂の巨大なパイプオルガンの下に、ブルックナーは眠っているのです。
とても美しいところだったので、少しずつ紹介しようと思います。
下の写真は、修道院の入り口の階段です。
白い空間に天井画が浮かび上がって、小さな場所なのにとても幻想的な雰囲気が漂っていました。

次回は礼拝堂のなかをご紹介します〜。
photo:masayoshi ishii
撮影日:2006.11.5
Canon EOS5D
EF-S 24mmF2.8
EF 50mm F1.4
2006年12月11日 (月) | 編集 |
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのお墓参りに行った。
この方には、苦しいときにどれだけ励まされてきたことか・・・感謝。
でも、モーツァルトは、あんなに売れっ子でもてはやされたのに、
なぜ共同墓地に立会人もわずかなまま埋葬されたのか?
そして遺体が行方知れずになってしまったのか?
本当に理解に苦しむ。
モーツアルト眠る「ザンクト・マルクス(聖マルクス墓地)」は、
秋の晴れた日も手伝って、とても気持ちのよい公園のような場所であった。

紅葉はまさに最盛期を迎え、
歴史を感じさせる朽ちかけた墓標たちを、
鮮やかに包み込んでいた。


それらを「鑑賞」しながら、案内板に従いモーツァルトのお墓へ向かった。
彼は、それらの墓標や樹木たちとは距離を置いた閑散とした場所に、一人寂しく隔離されていた。
紅葉の盛りのなかで、表情一つ変えぬ松の木を背景にして・・・

「こんなところにいたんだ・・・」
その墓標の寂しげな佇まいに、胸が痛んだ・・・
孤高の芸術家は、死してもなお、孤独を強いられるのか。

せめて一本の樹木でも寄り添わせてあげればいいのに。
彼の墓標を、落ち葉であたたかく包んであげたいと思った今日一日。
神様だったモーツァルト。それが自分の中で、少し人間に近づいたような気がした。

Oct.30.2006
St.Marx Austria
Canon EOS5D

この方には、苦しいときにどれだけ励まされてきたことか・・・感謝。
でも、モーツァルトは、あんなに売れっ子でもてはやされたのに、
なぜ共同墓地に立会人もわずかなまま埋葬されたのか?
そして遺体が行方知れずになってしまったのか?
本当に理解に苦しむ。
モーツアルト眠る「ザンクト・マルクス(聖マルクス墓地)」は、
秋の晴れた日も手伝って、とても気持ちのよい公園のような場所であった。

紅葉はまさに最盛期を迎え、
歴史を感じさせる朽ちかけた墓標たちを、
鮮やかに包み込んでいた。


それらを「鑑賞」しながら、案内板に従いモーツァルトのお墓へ向かった。
彼は、それらの墓標や樹木たちとは距離を置いた閑散とした場所に、一人寂しく隔離されていた。
紅葉の盛りのなかで、表情一つ変えぬ松の木を背景にして・・・

「こんなところにいたんだ・・・」
その墓標の寂しげな佇まいに、胸が痛んだ・・・
孤高の芸術家は、死してもなお、孤独を強いられるのか。

せめて一本の樹木でも寄り添わせてあげればいいのに。
彼の墓標を、落ち葉であたたかく包んであげたいと思った今日一日。
神様だったモーツァルト。それが自分の中で、少し人間に近づいたような気がした。

Oct.30.2006
St.Marx Austria
Canon EOS5D

2006年12月10日 (日) | 編集 |

これはれっきとした芸術作品ですヨ。
なんて言ったっところで芸術と一発芸は紙一重ですが。
この家の仕掛人のアーティストは Erwin Wurm さん。
ウィーンのミュージアムズクォーターで行われていた作品展では、美術館以外でもし出会っていたなら爆笑してしまいそうな作品ばかり。
それを「これはれっきとした芸術作品なのだ!」と、しかめっ面で展示品を観て回っている人もいれば、あからさまに大笑いしながら観ている人もいて、
そんな鑑賞者たちの反応を観るのも面白い展示でした。
下のHPでErwin Wurm さんの作品を観ることができます。
http://www.artnet.com/artist/18162/erwin-wurm.html
photo:masayoshi ishii
2006.10.21 wien MuseumsQuarter
2006年12月08日 (金) | 編集 |
調布から国分寺にかけて野川に沿って自転車を走らせ、紅葉を観て回りました。
今年はとにかくケヤキが奇麗です。
が、だからといって他の木々も奇麗とは限らないのが不思議なところ。
去年まで黄色く染まっていた木も今年は赤く染まっていたりして、赤系に紅葉する樹木がいい年なのかもしれません。
-------------------------------
野川公園最東側の野川沿い
親水公園風になっていて水辺が近いので潤いのある場所です。
背伸びをしてカメラを構えているおじさんが撮り終わるのを待っていたが、
延々と背伸びを続けている。
「おじさん!カメラ構えてる時間長いよ〜!」
けっきょくおじさんを入れてパシャ。味があって、まあいいか。

下:天気がいいと、お決まりの一枚をついつい撮ってしまいます・・・

野川公園 最東側の野川沿い地図
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/40/48.842&el=139/31/56.233&scl=10000&bid=Mlink
-------------------------------
貫井神社(ぬくいじんじゃ)では神社の裏の石組みから、
今も枯れること無くこんこんと湧水が流れ出て、池をつくっています。
その湧水の豊かさから「黄金の井戸」と呼ばれたのが「小金井」の由来なのだそうです。
また冬に池から湯気(霧)が出るので「温い(ぬくい)」といわれたのが「貫井」になったと、
野川のことについて書かれた本で読んだことがあります。
カメが落ち葉を背負っていました。

貫井神社地図
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/39/49.099&el=139/33/24.988&scl=10000&bid=Mlink
-------------------------------
猫がいるとどうしてもかまってしまいますね。野川沿いサイクリングロードにて。

--------------------------------
あまり知られていないお勧めスポットが、調布市深大寺小学校の道路向かいの「農業高校農場」です。受付に記帳すれば見学をさせてもらえます。
自然度が高く、ハケの水辺も多く、人も少ないので静かに落ち着いて紅葉詣でができますヨ。


写真:農業高校内 湧水の池
農業高校地図
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/39/49.099&el=139/33/24.988&scl=10000&bid=Mlink
上の写真全て、東京都調布市から国分寺市にかけて。
撮影日 2006.12/2〜5
camera:
CANON EOS5D
EF50mmF1.4
EF85mmF1.8
EF100mmF2.8 MACRO

今年はとにかくケヤキが奇麗です。
が、だからといって他の木々も奇麗とは限らないのが不思議なところ。
去年まで黄色く染まっていた木も今年は赤く染まっていたりして、赤系に紅葉する樹木がいい年なのかもしれません。
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野川公園最東側の野川沿い
親水公園風になっていて水辺が近いので潤いのある場所です。
背伸びをしてカメラを構えているおじさんが撮り終わるのを待っていたが、
延々と背伸びを続けている。
「おじさん!カメラ構えてる時間長いよ〜!」
けっきょくおじさんを入れてパシャ。味があって、まあいいか。

下:天気がいいと、お決まりの一枚をついつい撮ってしまいます・・・

野川公園 最東側の野川沿い地図
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/40/48.842&el=139/31/56.233&scl=10000&bid=Mlink
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貫井神社(ぬくいじんじゃ)では神社の裏の石組みから、
今も枯れること無くこんこんと湧水が流れ出て、池をつくっています。
その湧水の豊かさから「黄金の井戸」と呼ばれたのが「小金井」の由来なのだそうです。
また冬に池から湯気(霧)が出るので「温い(ぬくい)」といわれたのが「貫井」になったと、
野川のことについて書かれた本で読んだことがあります。
カメが落ち葉を背負っていました。

貫井神社地図
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/39/49.099&el=139/33/24.988&scl=10000&bid=Mlink
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猫がいるとどうしてもかまってしまいますね。野川沿いサイクリングロードにて。

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あまり知られていないお勧めスポットが、調布市深大寺小学校の道路向かいの「農業高校農場」です。受付に記帳すれば見学をさせてもらえます。
自然度が高く、ハケの水辺も多く、人も少ないので静かに落ち着いて紅葉詣でができますヨ。


写真:農業高校内 湧水の池
農業高校地図
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/39/49.099&el=139/33/24.988&scl=10000&bid=Mlink
上の写真全て、東京都調布市から国分寺市にかけて。
撮影日 2006.12/2〜5
camera:
CANON EOS5D
EF50mmF1.4
EF85mmF1.8
EF100mmF2.8 MACRO

2006年12月06日 (水) | 編集 |
遊び心あふれるザルツブルグの街には、入場する時に「ずぶ濡れを覚悟」しなければならない庭園がある。
そこは「ヘルブルン宮殿」の庭園。
思いもよらぬ場所にいろんな噴水の仕掛けがあって、いつどこから水が噴き出してくるか分からないのだ。
ガイドブックには「雨具と着替えが必要」とまで書いてある。
カメラマンの僕には、かなり厄介な庭園だ。(デジカメはとっても水に弱い)

(写真:外から見たヘルブルン宮殿)
11月初旬に訪れたのだが、10月いっぱいで閉園だとのこと・・・
外から見ると、既に半ば雪に覆われている。閉園するのもごもっともか。
いたずら好きな僕にとって、同じいたずら好きが造ったに違いない庭園の噴水を見ることができないのは、とっても残念・・・
まだ木々は葉も落とし終わっていないのに、寒い寒い。
隣には広く大きな公園。ここも「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地になったそうだ。
東京の真冬と同じぐらい着込んで、まだ紅葉も盛りの雪の積もった公園を歩く。
雪の上には、黄葉したブナの葉。
(クリスマスカードにしてみました。御自由にコピーしてお使いください)

オーストリアの庭園には、日本ではあまり見かけない枝垂れたブナがよく植えられている。色づいた葉が滝に流れるような姿は印象的。

ギンヨウカエデの樹の下では、黄色い落ち葉たちが低い日の光を浴びて輝いている。

奇麗な葉を探しながら、右に左によたよたと歩いていた。
すると・・・

みんな黄色い落ち葉かと思って歩いていたら、
ふと足下を見ると、真っ白な雪の上には、燃えるような鮮烈な赤で縁取られたカエデの葉が、たった1枚だけ落ちていた。
それ以外は周りのどこを見渡しても、黄色いカエデの落ち葉しか見当たらないのに、とても不思議だ。
どこから舞い降りてきたのか???
いたずら好きの、ヘルブルン宮殿のカエデめっ・・・
わざと僕の足下に、落としたのかな・・・?

いたずらに、今回はモノクロでお見せします。
この落ち葉の色は、いったいどんな色でしょうか?想像してみてください。
いつかどこかで、きっとお見せできる日が来ると思います。
その日まで、お楽しみに。
覚えていていただければ幸いですが・・・
撮影日:2006.11/3
オーストリア ザルツブルグ
CANON EOS5D
EF100mmF2.8MACRO
EF50mmF1.4

そこは「ヘルブルン宮殿」の庭園。
思いもよらぬ場所にいろんな噴水の仕掛けがあって、いつどこから水が噴き出してくるか分からないのだ。
ガイドブックには「雨具と着替えが必要」とまで書いてある。
カメラマンの僕には、かなり厄介な庭園だ。(デジカメはとっても水に弱い)

(写真:外から見たヘルブルン宮殿)
11月初旬に訪れたのだが、10月いっぱいで閉園だとのこと・・・
外から見ると、既に半ば雪に覆われている。閉園するのもごもっともか。
いたずら好きな僕にとって、同じいたずら好きが造ったに違いない庭園の噴水を見ることができないのは、とっても残念・・・
まだ木々は葉も落とし終わっていないのに、寒い寒い。
隣には広く大きな公園。ここも「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地になったそうだ。
東京の真冬と同じぐらい着込んで、まだ紅葉も盛りの雪の積もった公園を歩く。
雪の上には、黄葉したブナの葉。
(クリスマスカードにしてみました。御自由にコピーしてお使いください)

オーストリアの庭園には、日本ではあまり見かけない枝垂れたブナがよく植えられている。色づいた葉が滝に流れるような姿は印象的。

ギンヨウカエデの樹の下では、黄色い落ち葉たちが低い日の光を浴びて輝いている。

奇麗な葉を探しながら、右に左によたよたと歩いていた。
すると・・・

みんな黄色い落ち葉かと思って歩いていたら、
ふと足下を見ると、真っ白な雪の上には、燃えるような鮮烈な赤で縁取られたカエデの葉が、たった1枚だけ落ちていた。
それ以外は周りのどこを見渡しても、黄色いカエデの落ち葉しか見当たらないのに、とても不思議だ。
どこから舞い降りてきたのか???
いたずら好きの、ヘルブルン宮殿のカエデめっ・・・
わざと僕の足下に、落としたのかな・・・?

いたずらに、今回はモノクロでお見せします。
この落ち葉の色は、いったいどんな色でしょうか?想像してみてください。
いつかどこかで、きっとお見せできる日が来ると思います。
その日まで、お楽しみに。
覚えていていただければ幸いですが・・・
撮影日:2006.11/3
オーストリア ザルツブルグ
CANON EOS5D
EF100mmF2.8MACRO
EF50mmF1.4

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