2007年08月28日 (火) | 編集 |

くまざさの葉っぱを透かしてみました。
植物が養分を運ぶ道も、
葉っぱの種類によって、
迷路があったり高速道路が走っていたり、
まるで空撮をみているようです。
このくまざさの葉脈は、
まるで巨大あみだくじ?
小さい頃、山奥にたくさん生えているのを見て、
熊の住むところに生えてる笹だから「熊笹」なんだと思い込んでいたら、
葉っぱのふちに隈(クマ)ができるから「隈笹」という名前なのだそうです。
神代植物公園のグリーンアドバイザーさんに笑われてしまいました・・・

(c)masayoshi ishii
落ち葉の写真展「はっぱ ろくじゅうよん」2007.9.11より
2007年08月24日 (金) | 編集 |

ここはどこでしょう?
干涸びた大地を空から見たところかな?
それとも月面?火星?

これは、上のマテバシイの枯れた葉っぱの表面を拡大したもの。
デコボコだけど、着陸して歩いてみたいな。
(c)masayoshi ishii
落ち葉の写真展「はっぱ ろくじゅうよん」2007.9.11より
2007年08月21日 (火) | 編集 |

この度の個展は、
「虫さん」の嫌いな方にとっては、
ホラーな内容になっておりますのでご注意ください。
ひぇ〜っ!

(c)masayoshi ishii
落ち葉の写真展「はっぱ ろくじゅうよん」2007.9.11より
2007年08月20日 (月) | 編集 |
今日のテレビ朝日、報道ステーションを見て、呆れた。
アルプス山脈の氷河が地球温暖化で後退し、そのスピードが近年ますます早まっているという企画をやっていた。
アルプス、氷河の現場からの生中継だ。
20年前と現在を比べて、氷河の凄まじい後退ぶりと、それが溶け出す事による災害の多発の映像は、とてもインパクトのあるもので、環境問題の実態を知る上でとてもいい企画だと思った。
だが、結局少なくとも僕にとっては、後味の悪い、この番組は何が言いたいの?っていう首を傾げるものとして終わった。
その氷河の後退の現場を生中継していた古館伊知郎は、
私たちのこれまでの生活との因果関係をうたいながらも、最後に、
「・・・これは、今の科学や技術を集めて食い止める事ができるんです。・・・」
だって。
食い止める事が出来ないから、大変なことになってるんじゃないの?
このコメントを真に受けた人は、
「ああ、科学者さんたちがきっとなんとかしてくれるんだ。大丈夫なんだ。」
「結局自分たちは何も出来ない、けど、代わりに専門家や技術者たちが解決してくれるんだ。」
と、安心して他人事で見終わるかもしれない。
少なくとも最後のコメントは、
環境問題を考える上で、あまりにも空虚に響いた。
ニュースというものは、混沌とした現代社会の実態を解明し、
少しでも世の中を見えやすくる役割を担っているはず。
それが古館伊知郎は・・・特に少年犯罪などでは、しょっちゅう
「ん〜・・・理解に苦しみます。」
などと言って、暗い顔をして首をひねってみせる。
『現代社会は混沌として不可解なものだ』という暗い空気を
ニュースキャスターが作り出してしまうとは、どういうことだろうか?
不可解なものを少しでもクリアなものにしてゆくのがメディアの仕事じゃないの?
今まで、古館伊知郎のうわべだけで内容のないコメントが嫌で見てこなかった報道ステーション。
これから、ますます足が遠のきそう・・・
アルプス山脈の氷河が地球温暖化で後退し、そのスピードが近年ますます早まっているという企画をやっていた。
アルプス、氷河の現場からの生中継だ。
20年前と現在を比べて、氷河の凄まじい後退ぶりと、それが溶け出す事による災害の多発の映像は、とてもインパクトのあるもので、環境問題の実態を知る上でとてもいい企画だと思った。
だが、結局少なくとも僕にとっては、後味の悪い、この番組は何が言いたいの?っていう首を傾げるものとして終わった。
その氷河の後退の現場を生中継していた古館伊知郎は、
私たちのこれまでの生活との因果関係をうたいながらも、最後に、
「・・・これは、今の科学や技術を集めて食い止める事ができるんです。・・・」
だって。
食い止める事が出来ないから、大変なことになってるんじゃないの?
このコメントを真に受けた人は、
「ああ、科学者さんたちがきっとなんとかしてくれるんだ。大丈夫なんだ。」
「結局自分たちは何も出来ない、けど、代わりに専門家や技術者たちが解決してくれるんだ。」
と、安心して他人事で見終わるかもしれない。
少なくとも最後のコメントは、
環境問題を考える上で、あまりにも空虚に響いた。
ニュースというものは、混沌とした現代社会の実態を解明し、
少しでも世の中を見えやすくる役割を担っているはず。
それが古館伊知郎は・・・特に少年犯罪などでは、しょっちゅう
「ん〜・・・理解に苦しみます。」
などと言って、暗い顔をして首をひねってみせる。
『現代社会は混沌として不可解なものだ』という暗い空気を
ニュースキャスターが作り出してしまうとは、どういうことだろうか?
不可解なものを少しでもクリアなものにしてゆくのがメディアの仕事じゃないの?
今まで、古館伊知郎のうわべだけで内容のないコメントが嫌で見てこなかった報道ステーション。
これから、ますます足が遠のきそう・・・
2007年08月20日 (月) | 編集 |

鮮やかな黄色から、
にぶい茶色になりかける
ちょうど途中のヒメシャラの落ち葉。
なんでもないようでも、大きくしてみて見ると、
葉脈を境に、鮮やかさを保とうとする黄色と、
風化へ進もうとする茶色が
せめぎあっているのが
見えてくるのです。

落ち葉の写真展「はっぱ ろくじゅうよん」2007.9.11より
(c)masayoshi ishii
2007年08月19日 (日) | 編集 |
フウの小さい葉っぱです。

恥ずかしがって、丸まってしまいました。
展示サイズは、高さ50センチぐらいです。
落ち葉の写真展「はっぱ ろくじゅうよん」2007.9.11より
(c)masayoshi ishii

恥ずかしがって、丸まってしまいました。
展示サイズは、高さ50センチぐらいです。
落ち葉の写真展「はっぱ ろくじゅうよん」2007.9.11より
(c)masayoshi ishii
2007年08月17日 (金) | 編集 |
作品展が始まるまで、出展するものをいくつか紹介して行こうと思います。
さて、展示のトップバッターは・・・
(c)masayoshi ishii
ツタのちいさい葉。
ちょっと小生意気そうなところが好きです。
64倍に拡大された落ち葉たちのなかで、
このツタが最小のもので、背丈は20センチほど。
このツタを先頭に、
小さい順に整列した葉っぱたちを、順を追って観てゆくと、
ずんずんずんずん大きくなって、
やがて、葉っぱの高さは人の背丈を超え、
2メートル以上に・・・
最後に来る一番大きな葉っぱは、
さて何でしょう?
お楽しみに。
落ち葉の写真展「はっぱ ろくじゅうよん」2007.9.11より
さて、展示のトップバッターは・・・
(c)masayoshi ishii

ツタのちいさい葉。
ちょっと小生意気そうなところが好きです。
64倍に拡大された落ち葉たちのなかで、
このツタが最小のもので、背丈は20センチほど。
このツタを先頭に、
小さい順に整列した葉っぱたちを、順を追って観てゆくと、
ずんずんずんずん大きくなって、
やがて、葉っぱの高さは人の背丈を超え、
2メートル以上に・・・
最後に来る一番大きな葉っぱは、
さて何でしょう?
お楽しみに。
落ち葉の写真展「はっぱ ろくじゅうよん」2007.9.11より
2007年08月15日 (水) | 編集 |
もちろん僕は戦争が終わってずっと経ってから生まれたけれど、
でも戦争とは無関係ではない。
それどころか大きく繋がっている。
そして束縛されている自分を感じる。
僕の祖父は戦争で死んだ。
僕が幼少の、まだ両親と同じ布団で寝ていた頃、
祖父のモノクロの遺影を眺めながら、
「おじいちゃんは、何で死んじゃったの?」
と、布団の中で父に尋ねた事があった。
父は優しく、そして一言一言を噛み締めるように言った。
「おじいさんはね、戦争に行って、
フィリピンという国の島で、
爆弾を抱えて敵の基地に飛び込んで、死んだんだよ。」
玉砕したのだ。
僕はその父の話の意味が分からず、
「どうして爆弾を持って飛び込まなきゃいけないの?」
「どうして一緒に爆発しなきゃいけないの?」
など、いろんなことを聞き返した。
無垢な子供にとっては、あまりに不可解な話...
祖父が爆弾を抱えて適地に向かって走ってゆき爆発するシーンが、
まるで劇画のように強烈に脳裏に浮かんだ。
恐くなかったのか?痛くなかったのか?生きていたくなかったのか???・・・
僕の父は、生まれてすぐに祖父が戦争に赴き、そうやって帰らぬ人となったため、
自分の父親の思い出というものが、全くない。
だから、父は、小さい頃から曾祖母などから聞かされてきた、
「お父さんはね、爆弾を抱えて敵地に飛び込んで死んだ勇敢な人だったんだよ。」
という話を、亡き父の思い出の代わりとして心に秘めてきたのかもしれない。
その祖父の玉砕を、僕がやがて理解するような歳になってからは、
父とは戦争についての話は、かえってしにくくなってゆき、
今では全くと言っていいほど、しなくなってしまった。
しかし8月になると必ず、
父から聞かされた祖父の玉砕の話を思い出す。
戦争で、しかも玉砕により、赤ん坊の頃に自分の父親を失い、
顔も温もりも知らぬまま育った僕の父の心の空白は、
どれほどのものか・・・僕には決して想像がつかない。
だが最近歳を重ねるごとに、
それが自分自身の心の空白にもなっているのだと気付くようになった。
どちらかというと避けてきた戦争の話。
だけどこれからは、自分自身の心の空白を
ちょっとづつでも埋めてゆくためにも、
もう少し向かい合って、
あの戦争ってなんだったのか?
そして何より、なぜ祖父が玉砕しなければならなかったのか、
少しずつでも考えてゆければいいと思う。
2007.8.15 masayoshi ishii
でも戦争とは無関係ではない。
それどころか大きく繋がっている。
そして束縛されている自分を感じる。
僕の祖父は戦争で死んだ。
僕が幼少の、まだ両親と同じ布団で寝ていた頃、
祖父のモノクロの遺影を眺めながら、
「おじいちゃんは、何で死んじゃったの?」
と、布団の中で父に尋ねた事があった。
父は優しく、そして一言一言を噛み締めるように言った。
「おじいさんはね、戦争に行って、
フィリピンという国の島で、
爆弾を抱えて敵の基地に飛び込んで、死んだんだよ。」
玉砕したのだ。
僕はその父の話の意味が分からず、
「どうして爆弾を持って飛び込まなきゃいけないの?」
「どうして一緒に爆発しなきゃいけないの?」
など、いろんなことを聞き返した。
無垢な子供にとっては、あまりに不可解な話...
祖父が爆弾を抱えて適地に向かって走ってゆき爆発するシーンが、
まるで劇画のように強烈に脳裏に浮かんだ。
恐くなかったのか?痛くなかったのか?生きていたくなかったのか???・・・
僕の父は、生まれてすぐに祖父が戦争に赴き、そうやって帰らぬ人となったため、
自分の父親の思い出というものが、全くない。
だから、父は、小さい頃から曾祖母などから聞かされてきた、
「お父さんはね、爆弾を抱えて敵地に飛び込んで死んだ勇敢な人だったんだよ。」
という話を、亡き父の思い出の代わりとして心に秘めてきたのかもしれない。
その祖父の玉砕を、僕がやがて理解するような歳になってからは、
父とは戦争についての話は、かえってしにくくなってゆき、
今では全くと言っていいほど、しなくなってしまった。
しかし8月になると必ず、
父から聞かされた祖父の玉砕の話を思い出す。
戦争で、しかも玉砕により、赤ん坊の頃に自分の父親を失い、
顔も温もりも知らぬまま育った僕の父の心の空白は、
どれほどのものか・・・僕には決して想像がつかない。
だが最近歳を重ねるごとに、
それが自分自身の心の空白にもなっているのだと気付くようになった。
どちらかというと避けてきた戦争の話。
だけどこれからは、自分自身の心の空白を
ちょっとづつでも埋めてゆくためにも、
もう少し向かい合って、
あの戦争ってなんだったのか?
そして何より、なぜ祖父が玉砕しなければならなかったのか、
少しずつでも考えてゆければいいと思う。
2007.8.15 masayoshi ishii
2007年08月14日 (火) | 編集 |

作品展のお知らせです。
たびたび落ち葉の写真をこのブログにも掲載して参りましたが、
それらの最近の作品をまとめた個展を、2年ぶりに開催する事となりました。
会場は新宿駅から徒歩1分の「コニカミノルタプラザ」です。
ブログを見ていただいている方、
特にマイミクの方にこれまで見ていただいた落ち葉の写真が、
今度は大きいもので2メートル以上のプリントとして展示されます。
一枚の葉っぱが、サーフボード並みの大きさに拡大されます。
パソコンのモニター上のものとは全く違ったものとして
楽しんでいただけることと思います。
寂しく静かな晩秋がテーマの写真展なのですが、
その準備を現在、セミがけたたましく鳴く猛暑の最中に
汗をタラタラ流しながら進めております。
開催まであと一ヶ月。
皆様のご来場をお待ちしております!
(*個展開催までの間に、展示する作品を少しずつブログで
紹介し、解説してゆこうと思います。)
コニカミノルタプラザのwebサイトで、より詳しい内容が紹介されています。
ぜひご覧ください!
http://konicaminolta.jp/plaza/schedule/2007september/gallery_a_070911.html

2007年08月03日 (金) | 編集 |

暑い暑い!
天気予報がウソをついて、曇りと予報するから、
日差しが必要な住宅の撮影をとりやめて
午前中から畑に。
すると雲が引いてどんどん晴れてきたじゃありませんか・・・
ついには撮影には絶好の天気に。
あーもう間に合わない。ここは八王子。
夏休みで車もメチャクチャ混んでるし・・・
今日は仕事はあきらめて、野菜の面倒を見よう。
晴撮雨耕が基本の僕にとっては、
晴れの日に畑に来れるなんて、滅多にないありがたいことだし。

初めての野菜づくりで大きな関門だった長い梅雨。
今年は平年より日照も少なく、野菜にとっても過酷な梅雨だった。
こわごわと、あらためて畑を見回ってみると、
トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、カボチャ、ネギ、トウモロコシ・・・
・・・みんな元気で乗り越えてくれた。よく頑張った!

特に疫病でもうダメかと思ったトマトは、
病気も止まり、日差しの到来とともにぐんぐんと成長を加速させている。
なんちゅう生命力だ・・・
『トマトは何より湿気が大嫌い。』今年はそれを思い知らされた。
それは、100人の人が借りているこの圃場を見て回るとよく分かる。
近くに林があって湿気の溜まりやすい場所や、
風の抜けが悪い場所に畑を借りている人のトマトは、
目に見えて病気が進行して、もうボロボロ。
あきらめて株を引っこ抜いて処分してしまった人も多い。
僕の畑も、その湿気の溜まりやすい場所にある。
でもなんとか乗り切った。
それはたぶん、梅雨前にトマトの支柱の立て方を見直して、
風通しをよくしたのが良かったんだと思う。
梅雨前まで、支柱は「Aの字」に組んで立てていた。
でもこれでは、成長してくると株どうしがくっついてくる。
これではいずれ風も抜けなくなるし日もあたらなくなるのは目に見えていた。
思い切って梅雨に入る直前に、
20本あるトマトの支柱を、一日かけて『Hの字』に全部立て直したのだった。

(Before:最初はAの字に支柱を組んでいた)

(After:風が抜けやすいように支柱を立て直した。梅雨前)
すると、これが大正解。
株どうしの間が広がり、風の抜けと日当りが格段に良くなって、
それだけでなく、株のあらゆる部分まで手を回すことができ、
とっても管理しやすくなった。

(梅雨明け。疫病も止まって収穫も再開)
元気すぎるのも困ったもので、
とうとう2メートルの支柱より背が高くなって手が届かなくなって来た。
普通はここでてっぺんをカットして成長を止めるのだが、
せっかく元気になったのに...勿体無い。
そこであらたに支柱を横に突き出してトマトを誘引するようにした。

樹勢も衰えてないし、
せっかくだから8段、いや9段まで行ってみようかな。
8月初旬の段階では、
10月まで育つトマトにとっては、
人生まだ半分に過ぎない。
トマトが人生前半をちゃんと折り返せるかは、
梅雨をどれだけ元気で乗り越えられるかにかかっていた。
だから今年は格別、梅雨明けが待ち遠しかった・・・
夏の到来で、ホッと一安心。
今度は夏バテ対策かな。
2007.8.2 photo:masayoshi ishii
***************************************

(梅雨明けとともに収穫も再開!美味しそうな実はその場で軽く洗って食べます)

(黄色いミニトマト「ピッコラカナリア」。実が無くなっているのはカラスのせいじゃありません。その場で色づいた順に食べてます。フルーティで美味しい)

(ピッコラカナリアは成長が早く、もう2メートルの支柱を裕に超える。高いところはわき芽を延ばして放任。ミニトマトって、わき芽摘まない方がいいのかな?誰か教えてください。)
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