樹木は素敵なアーティスト。落ち葉と戯れるちょっと心地よい一日。 ウィーン旅行記、初めての野菜づくりの体験記も。コメントお待ちしてます!  
僕の中の終わらない戦争
2007年08月15日 (水) | 編集 |
もちろん僕は戦争が終わってずっと経ってから生まれたけれど、
でも戦争とは無関係ではない。

それどころか大きく繋がっている。
そして束縛されている自分を感じる。


僕の祖父は戦争で死んだ。


僕が幼少の、まだ両親と同じ布団で寝ていた頃、
祖父のモノクロの遺影を眺めながら、
「おじいちゃんは、何で死んじゃったの?」
と、布団の中で父に尋ねた事があった。

父は優しく、そして一言一言を噛み締めるように言った。

「おじいさんはね、戦争に行って、
フィリピンという国の島で、
爆弾を抱えて敵の基地に飛び込んで、死んだんだよ。」

玉砕したのだ。

僕はその父の話の意味が分からず、
「どうして爆弾を持って飛び込まなきゃいけないの?」
「どうして一緒に爆発しなきゃいけないの?」
など、いろんなことを聞き返した。
無垢な子供にとっては、あまりに不可解な話...

祖父が爆弾を抱えて適地に向かって走ってゆき爆発するシーンが、
まるで劇画のように強烈に脳裏に浮かんだ。
恐くなかったのか?痛くなかったのか?生きていたくなかったのか???・・・


僕の父は、生まれてすぐに祖父が戦争に赴き、そうやって帰らぬ人となったため、
自分の父親の思い出というものが、全くない。

だから、父は、小さい頃から曾祖母などから聞かされてきた、
「お父さんはね、爆弾を抱えて敵地に飛び込んで死んだ勇敢な人だったんだよ。」
という話を、亡き父の思い出の代わりとして心に秘めてきたのかもしれない。

その祖父の玉砕を、僕がやがて理解するような歳になってからは、
父とは戦争についての話は、かえってしにくくなってゆき、
今では全くと言っていいほど、しなくなってしまった。

しかし8月になると必ず、
父から聞かされた祖父の玉砕の話を思い出す。

戦争で、しかも玉砕により、赤ん坊の頃に自分の父親を失い、
顔も温もりも知らぬまま育った僕の父の心の空白は、
どれほどのものか・・・僕には決して想像がつかない。

だが最近歳を重ねるごとに、
それが自分自身の心の空白にもなっているのだと気付くようになった。


どちらかというと避けてきた戦争の話。

だけどこれからは、自分自身の心の空白を
ちょっとづつでも埋めてゆくためにも、
もう少し向かい合って、
あの戦争ってなんだったのか?
そして何より、なぜ祖父が玉砕しなければならなかったのか、
少しずつでも考えてゆければいいと思う。

2007.8.15 masayoshi ishii