2007年12月04日 (火) | 編集 |

9月末から大きくなり始めたトマト。
とうとう赤くならないうちに、株の方が枯れ始めたので、
このまま収穫することにした。
他の人々の畑は皆、8月いっぱいでトマトの世話を終わらせて、
抜いて処分してしまっていたから、
残っていたのは僕の畑だけになっていた。
もう今実っても日照時間が足りず、赤くならないようだ。
畑仲間に「赤くならないほうに100円かけた」と言われたので
様子を見ていたが、とうとう一月経っても赤くならなかった。
100万円賭けてくれたら赤い絵の具で塗ってやったんだが・・・
トマトは8月に、じゃんじゃん穫れた。
穫れすぎて、人に配るのも追いつかなくて、
何とか自分で消化しようと、1日5個以上食べるのをノルマにしていたら、
トマト太りしてしまった。
その露地で太陽をいっぱいに浴びたトマトの
なんて濃厚で美味しかったことか。
9月になり個展の開催もあり、急に忙しくなり、畑に行けなくなった。
そして大切な友人の死・・・
それ以来、畑から足が遠のいた。
ただ、荒れすぎないように管理に通うだけ。
耕す気力も、なくなった。

きのう、ようやく畑に半日いられる時間ができた。
気付いたら、いつの間にか畑は、
すぐ横に立つエノキの落ち葉で覆われていた。
亡くなった友人には、畑に来てもらうことになっていた。
農業を小馬鹿にしていたので、おもいっきり美味しいトマトを食べさせて、
見返してやりたかった。
病気で会社を辞めて弱気になっていた彼に、
ゼロから新しいことをやっったって実りあるものになるところを見せて、
はげましてやりたかった。
それが僕の畑のやりがいにもなっていたのかもしれない。
初夏、初めて育てたトマトが元気なのが嬉しくて、
なかなか開けない長雨をモノともしないで
カッパを着込んで雨粒をけちらして歩いたっけ。
意気揚々と・・・あの頃が懐かしい。
そんなに黄昏れてしまうのは、秋の夕暮れだからか・・・
落ち葉の魔力・・・

空からは微風に揺れるエノキの枝から
次々と落ち葉が降ってくる。
このままでは、畑が落ち葉に埋まってしまう。
かえって冬の防寒用の敷き藁がいらなくなって、いいかな。
そう、畑は、生き生きするために始めたんじゃないのか。
農をやらなければ、なにか大切なものに触れることなく終わってしまうという想い。
その想いが、少しずつ蘇ってきた。
黙々と土を掘る。
トマトの根っこを掘った。
どこまで根っこが伸びているのか仕上げに確認するためだ。
近くの畑の人には、サツマイモを収穫しているのと思われた。
トマトの根っこを収穫する人間なんて、他にいやしない。
おぉ、長いっ!!(結果は次回ブログで)
そうやって土を掘り起こしているうちに、
忘れかけていた野菜たちへの気持ちも、掘り起こしていた。
よし、また始めようか。
まずは、放ったらかしていたキャベツを、思いっきり可愛がってやろう。

2007.12.2
この記事へのコメント
亡くなった彼は劣等感と裏腹の強烈なエリート意識を持っていたから、農業にもやはり同様に劣等感と優越感のアンビバレントな気持ちを持ちつつ優越感のみ自らの心に顕在化させていたように思います。
畑良いですね。凄いじゃないですか、きちんと育ってて。青いトマトも経験の一つということで。
私はどんなにやろうと現状所詮手伝いですから。
畑良いですね。凄いじゃないですか、きちんと育ってて。青いトマトも経験の一つということで。
私はどんなにやろうと現状所詮手伝いですから。
2007/12/05(Wed) 00:40 | URL | ディンゴ #-[ 編集]
彼のことをよくご存知で!僕も彼の劣等感<->優越感には振り回されました。いつまでたってもその構図から抜け出せない彼を不憫にも思いました。
畑は教えてくれる人がいないのが悩みです。ノウハウを伝授してくれる人がいれば・・・自己流でできるほど簡単なものではないと野菜を枯らすたびにつくづく思います。
畑は教えてくれる人がいないのが悩みです。ノウハウを伝授してくれる人がいれば・・・自己流でできるほど簡単なものではないと野菜を枯らすたびにつくづく思います。
2007/12/05(Wed) 02:54 | URL | はっぱ #-[ 編集]
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