樹木は素敵なアーティスト。落ち葉と戯れるちょっと心地よい一日。 ウィーン旅行記、初めての野菜づくりの体験記も。コメントお待ちしてます!  
「農」の風景の現実について
2007年03月21日 (水) | 編集 |
僕の好きな「農」の風景。住宅地の中を歩いていても、畑があったりするとホッとします。

でもこの日本の「農」の風景、けっこうというか、かなりピンチなんです。

今でも多くの日本人が「田舎」「故郷」として思い浮かべるときの風景は、田畑の広がる農村、里山です。

大都市でもちょっと郊外に向かうと、すぐに田畑は広がり始めます。

農地には、野菜を生産している他に、地主が家庭菜園にしていろんな草花を植えていたり、また市民農園として貸し出していて、節操無く様々な野菜が所狭しと植えられていたりします。

そこを通る人々は、やっぱり緑のある風景はいいなあ、ずっと残ってほしいなあと思ったりします。

でも実はこの農の風景は、
いつなくなるか分からない、不確かで危うげなものなのです・・・

周知のように日本では農家の後継者不足に悩まされています。
上のような農地を耕す人がどんどんいなくなって、現在多くの農地が、隠居のおじいさんおばあさんによって、かろうじて維持されています。
その息子たちはもう農業はやりません。
でも耕さなければ土地は荒れてしまいます。
また農地は法律上、農業をやめてしまうと手放さなければならないので、
耕すことは「農業つづけてますよ」という行政に対するジェスチャでもあります。
そういう彼らのほとんどは兼業農家で、農業以外の収入を主としているため、
農業生産に関しては効率や採算性などはほとんど追求しておらず、
生産性がとても低いのが実態です。


そして、危機の核心・・・
作っても儲からないし、そのうち跡取りもいなくなる・・・
そうなってしまうと、彼らはそうやってかろうじて農地として土地の維持を続けながら、
『転用して高く売れる』ことに期待を寄せるようになってゆくのです。


都市整備事業やニュータウン開発、道路建設などの網に自分の土地が引っかかって高く売れるのを待っているのです。まるで宝くじのように。時に地元の政治家のお力を借りて、開発を町ぐるみで誘致することも少なくありません。

「北海道のジャガイモ」「青森のりんご」「嬬恋のキャベツ」のように、特産物を持ち町ぐるみで生産体制を整えているところや、多くの意欲的な農家らは、もちろん日本の農業を支えています。

でも跡取りのいなくなった零細農家らは、上記のごとく土地の転用売却以外に、未来の農業の何に期待したらいいのでしょう?

そんな彼らの維持している田畑からなる「農」の風景は、
  『いつ無くなるかもしれぬ危ういもの』なのです。

僕は都市近郊に残る「農」の風景が好きです。
都市生活の疲れを癒してくれます。
でもその風景は、蜃気楼のような儚いものなのかもしれない。

(c)masayoshi ishii

photo:masayoshi ishii

参考:「日本の食と農」 神門善久著 NTT出版 他

*4/11 いろいろ訂正しました。
テーマ:
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
こんにちは。
府中や調布にとってかなり切実な問題ですね。

>都市整備事業やニュータウン開発、道路建設

多摩ニュータウンが思い浮かびます。
2007/03/20(Tue) 09:45 | URL  | 石田 #-[ 編集]
また大きな木が切られています。
府中は木1本切るにも許可が下りるのが大変な市だったはずなのですが、市の開発であれば何をしても良いようです・・・。
2007/03/20(Tue) 13:53 | URL  | 傀熙瑚(Keiko) #-[ 編集]
>>都市整備事業やニュータウン開発、道路建設などの網に自分の土地が引っかかって高く売れるのを待っているのです。まるで宝くじのように。

東京の農家の義理の息子としてとして申し上げますが、本の受け売りですか、決めつけないでいただきたいものです。専業で朝から晩まで頑張ってもサラリーマンほどの収入は難しいので義理の両親は土地を売って現金収入も得たいのですが、生産緑地は売れません。そして生産緑地にしなければ農業の出来る土地は相続のときに残りません。宝くじを待っていると言われて黙っている三多摩の農家はいませんよ。
2007/03/21(Wed) 01:35 | URL  | ディンゴ #-[ 編集]
それから、近隣住民の癒しのために頑張っているわけでもありません。
2007/03/21(Wed) 01:40 | URL  | ディンゴ #-[ 編集]
何か、喧嘩を売るような感じで申し訳ないです。酔っているもんで勘弁して下さい。
2007/03/21(Wed) 02:02 | URL  | ディンゴ #-[ 編集]
>石田さん
ありがとうございます。
調布でもどんどん畑がつぶれて行きますが、都市近郊だけでなく、田舎町でも事情が同じなんです。日本全体がこんな感じなのです。
2007/03/23(Fri) 01:09 | URL  | happa #-[ 編集]
>Keikoさん
僕のよく通る人見街道もりっぱなケヤキ並木がありますが、武蔵野の歴史をつたえるものとして長く残して行きたいものですネ。
2007/03/23(Fri) 01:12 | URL  | happa #-[ 編集]
>ディンゴさん
ありがとうございます。
「多摩農家がだまっちゃいない」どうぞガンガン言ってください。生の声が聞けて嬉しいです。
「宝くじのように」というのは、その本の表現を引用したのですが、僕の故郷の実家は祖父の代まで農業をしていたせいで、いまも自家農園として農地を維持しています。普通の農の町なのですが、まったくブログに書いた通りの状況で、「どこのだれの畑が道路建設に引っかかっていくらで売れた」とか、そんな話ばかりです。そして肝心の農業生産は元気がありません。実家でも父はそのように土地を転用地として売れればいいと思っており、現在僕はその件で土地を残してほしいという話し合いを進めています。。(そのことは次回ブログで書きます)ですから、書いた内容は、本を鵜呑みにしたのではなく、自分が体験していることとして書いたものですヨ。
農地問題ー農業をやめて遊休地になってしまっても農家は手放さないために、農業をやりたい人、規模を拡大したい人に土地がまわってこないという問題ーこれが日本の農業の生産力が上がらない根本の問題なのです。(決して癒しとしての景観問題ではありません)
この「農」の問題のブログはこれから書き続けようと思いますので、今後とも生の声として、ご意見をお聞かせいただければ幸いです!

2007/03/23(Fri) 01:32 | URL  | happa #-[ 編集]
丁寧なお返事ありがとうございます。
作物も作らず売りもせず土地を遊ばせておくとは、うちでは考えられない話です。仕事場としての畑は生産緑地として残して売れる土地はガンガン売ってやっと相続税が払えるか、って感じで畑を残すことは東京では本当に難しいようです。ご存知だと思いますが生産緑地になったら一生土地は売ることが出来ません。
また、遊休地なんてあったら固定資産税ばかり毎年とられてしまい大変ですよ。
私も実は畑をやりたいのですが労働と収入のバランスで見るとなかなか踏み切れず現在の職業を続けています。
また、戦前のように長子が相続するような制度でないと農業は難しいと思います。兄弟で分割してしまっては畑は残りません。
やはりこれからは資本家が会社の資産として広大な土地を所有して、従業員を雇用して契約栽培やら何やらで食料自給率を維持して行くような方向性なのでしょうか?農家などというものがなくなり、「株式会社ヤサイ 製造業 従業員500人 本社東京都港区 製造工場(畑)山梨県大月市 製造品目キャベツ・キュウリ・なす 主な取引先イトーヨーカ堂、モスバーガー」というように会社四季報みたいなものに紹介されるようになったりして。
2007/03/24(Sat) 00:03 | URL  | ディンゴ #-[ 編集]
>ディンゴさん
ありがとうございます。
大変勉強になりました。
僕は今は素人ですが、それでも何らかのカタチで農に関わる道を探そうと思っています。
零細と呼ばれる小規模農家でも、都市近郊という強みを生かしてなにか面白いことが出来ないかなあなど、よく考えることがあります。そういう都市の農地に思うことをまたブログに書こうと思うので、またアドバイスお願いいたします。
2007/03/25(Sun) 15:41 | URL  | happa #-[ 編集]
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